ジューン・クリスティーナ・高橋

1933 年 6 月 17 日 – 2026 年 5 月 2 日

高橋ジューン(旧姓:ハヤミ)は、2026年5月2日、92歳で安らかに永眠しました。バンクーバー生まれの彼女は、第二次世界大戦中に家族とともに強制収容所に収容され、その後ケベック州ファーナムに再移住しました。この経験は、彼女の生涯にわたる活動の礎となりました。ジューンは、全カナダ日系協会(NAJCC)の補償プログラムに携わり、日系カナダ人に対する人権侵害の認識と補償の実現に尽力しました。彼女は、10年間にわたり権利を剥奪され、家や事業から追い出され、強制収容所に収容された後、第二次世界大戦後に国外退去を余儀なくされた日系カナダ人を探し出し、その存在を認めるさせる取り組みの中心人物でした。これらの行為は人種差別によって引き起こされたものでした。地域社会や補償事務局と協力し、彼女の穏やかで人間味あふれる人柄は、カナダと日本国内の2万4千人以上の生存者に補償が提供されることを確実なものにしました。彼女の功績は、山野内勘二日本国大使より大使賞を授与されるという形で称えられました。

社交的で活発なジューンは、モントリオール、トロント、バーデン=ゾーリンゲン、オタワでの生活や、世界各地への旅を通して、充実した人生を送りました。一流の武道家として、柔道七段の黒帯を取得し、1969年にはオタワに高橋道場を共同設立し、何世代にもわたる柔道家を育て上げました。

彼女は、マサオ・ジェームズ・高橋(1929年~2020年)の最愛の妻であり、兄弟のジョージとヒロ、子供たちのアリン、レイ、ティナ、孫のクリスティ、ジェニー、エミ、マリコ、スティーブン、アダム、トーリン、リアム、そして曾孫たちのアリス、フィリー、リリー、カトウ、ミヤ、タルーラ、トミオが遺族となります。息子フィル(2020年没)は彼女に先立って亡くなっています。

近日中に故人を偲ぶ会を執り行います。

お花のご供花はご遠慮いただき、代わりにオタワ日系協会(OJCA/OJCC)へのご寄付をお願いいたします。

また、若手柔道家のための奨学金設立のため、高橋道場へのご寄付も承っております。